北安曇郡 - jpwiki.org

北安曇郡



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北安曇郡(きたあづみぐん)は、長野県。略称は北安(ほくあん)。

以下の1町3村を含む。

目次

郡域


1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町3村のほか、以下の区域にあたる。

大町市を挟んで北部の小谷村、白馬村と南部の池田町、松川村に分断されている。人口動態では南部の池田町、松川村は微増、北部の白馬村、小谷村は減少の傾向にある。

歴史


郡発足までの沿革

知行 村数 村名
藩領 松本藩 94村 ●宮本村、●曽根原村、●閏田村、●木船村、●丹生子村、●館之内村、常光寺村、●松崎村、●大町村、●高根新田村、●野口村、●借馬村、●木崎村、●森村、●稲尾村、●海之口村、中綱村、青木村、加蔵新田村、●大平村、相川村、●切久保村、●野平村(現・大町市)、●舟場村、●左右村、槍平村、●大塩村、切明新田村、●二重村、新行新田村、●大塚村、●高地村、●青具村、●千見村、●佐野村、●沢渡村、●飯田村、●飯森村、深沢空峠新田村、●細野村、●塩島村、塩島新田村、●蕨平村、●野平村(現・白馬村)、大出新田村、●嶺方新田村(現・白馬村)、●堀之内村、●千国村、●来馬村、●石坂村、●大網村、●深原村、●中谷村、土谷村、●中之郷村、●十日市場村、●林中村、●内鎌新田村、●池田町村、宮本入作、山之寺村、●堀之内村、●正科村、●中島村、●半在家村、●滝沢村、相道寺村、●花見村、●渋田見村、●鵜山村、●押野村、●塩川原村、●荻原村、荻原新田村、小泉入作新田村、●大日向村、●草尾村、●宇留賀村、●日岐村、●北山村、●峰方新田村(現・池田町)、●寺村、●中村、●小泉村、鼠穴村、●細野村、神戸新田村、●松川村、●西山村、板取村、●須沼村、●清水村、●上一本木村、下一本木村

郡発足以降の沿革

変遷表

行政


氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 窪田畔夫 明治12年(1879年)1月4日
2 小坂善之助 明治19年(1886年)10月
3 肥田野畏三郎 明治21年(1888年)12月
4 平野侯次郎 明治23年(1890年)2月
5 伊谷脩 明治23年(1890年)10月
6 小島義知 明治25年(1892年)2月
7 青山勝謙 明治30年(1897年)3月
8 鮫島新助 明治32年(1899年)10月
9 樫田三郎 明治38年(1905年)9月
10 大浦頼 明治41年(1908年)12月
11 務台彦市 明治45年(1912年)6月
12 藤崎供義 大正3年(1914年)3月
13 藤根新太郎 大正5年(1916年)7月
14 鈴木登 大正8年(1919年)2月
15 大久保幸次郎 大正10年(1921年)3月
16 諏訪好正 大正11年(1922年)7月
17 小林喜三郎 大正13年(1924年)3月
18 牛山喜一 大正13年(1924年)12月 大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注


[脚注の使い方]
  1. ^ 池田町と東筑摩郡明科町の間の細かい境界変更は反映していない。

参考文献


「長野県公式」に記載されているが「旧高旧領」に記載されていない村は枝郷とみなし、本項では割愛した。

関連項目


先代:
安曇郡
行政区の変遷
1879年 -
次代:
(現存)



カテゴリ: 長野県の郡 | 北安曇郡




データム: 13.12.2020 01:47:57 CET

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